気分や大学生のぶろぐ

映画や本や歌、私の経験したことについて思った事を好きなように書いてるだけです。好きなものも嫌いなものも。ハタチです

さいきん

気をつけてること、考えてることを言葉にしようかな、久しぶりに

 

気をつけてるのは、

一日ひきこもらないこと笑

少しでもやりたいと思ったことは、やりたいと言うこと。話したいと思ったら、話したいと言うこと。

感謝は惜しまないこと。

語学的な面で理解できなかったり、あるいは本質的な面で共感はできなかったりすることがあるんだから、そうじゃない時くらいは笑顔でうんうんっていう受容の雰囲気をつくることで開けることおおすぎ。友達増えるし楽しいって思われるし。(あほとかばかとか頭悪いとか何にも考えてなさそうっていう印象を植え付けてしまうのもまた事実ですけど、そこはどうすればいいんだろう。リスペクトされたいし、まあ頭は良くはないけど何にも考えてないわけじゃないし、強くて賢いだけじゃなくてそうじゃない人をいいとする尺度をもっている人になりたいんだと思うんだけど、それを言って通じる人、通じて共感してくれる人だけにわかってもらえればいいやっていうネガティブの気持ちがある。そりゃそういう印象持たれてるのを実感するのはなんだか自尊心が傷つけられるのと同時に相手への失望心がめばえだして悪い意味の孤独を感じるのですが、それをおしのけて相手に説明?する勇気も気力も度胸もなくって、結局は傷つくのが怖いからプラス相手の自尊心を傷つけたくないから説明したくない。→そうなると自分がこうなってほしい社会のために何にも行動してないみたいになる。それはなんかせこくてずるくてダサい。とか思うんだけど、新しい試みの導入って一気に人にひろめることじゃなくてもいいんだよって自分に言いかける。まず自分一人でも実践していることは、前にすすんでいることの一つだよって。あはは。私やっぱり強すぎるのかな)

 

考えていることは

さっきばーーーってかいたことだ

あとはね、私やっぱ社交的じゃないわ笑

おんなじ笑いを共有できないひとと深く仲良くなりたいと思わないもん

(毎日会うとかね)

 

 

 

あといい話チックでかくと、

アメリカって、ほんとに意味ワカンないの!笑

レストランとか学校とか図書館にトイレあるでしょ、同じ個室を3っつくらいと、同じ手洗い場を三つ設計すればいいじゃん、でも、まじで高さもネジも大きさも部品も作りもドアの大きさも便器の種類もたまーーにびみょーーにちがうの。デザインとかバリアフリーとかでは絶対になくてほんとに適当なの。笑

エレベーターのボタンも、左右で配置が違ったりするの笑 これも、バリアフリーとかでもなくてもうなんかミスみたいな感じで笑

で、けっこうああ〜適当だな〜〜とか思うんだけど、そのわりに手洗い場についてるプッシュ式のソープの下に、垂れても汚くならないように紙ティッシュが敷かれてあったり(伝わらないよねむずい説明)なんだかほんとに大雑把なのに悪気はないというか、悪い気持ちでやってるんじゃないんだなって笑 おもうよ笑

 

これめっちゃ的外れな例えだと思うけど、恥ずかしがりやの芸人さんが、コントをするとき「コント、〇〇」って言っちゃって役に入っちゃえば堂々とできるみたいな感じで、目標とか気をつけていることだから、って思って行動すれば、ちょっとした緊張とか不安とか恥ずかしさとかをいい意味で義務化できるなって。笑 客観ですよ〜〜って。笑